私達は生を享けたときから、「生き抜くこと」「死にゆくこと」は避けて通れません。生と死、これを我国の伝統宗教儀式にあてはまるのならば、「神道」と「仏教」であるという考え方は一般的に広く浸透しています。

例えば、人生儀礼のお祭りである初宮詣、七五三、還暦などの厄祓いは神道祭式で受け、年一回執り行われる氏神の例祭やお正月の初詣には神社にお参りします。日本人固有の縁起が日常慣例として息づいています。

 この生への感謝や祝い(慶び)に対して、死(忌み)の世界もあります。現在、日本民族の大半は仏式による葬儀ですが、実は神道による葬儀(神葬祭)の方が歴史は古く、近年、改宗を希望される方が増えてきています。家の宗旨は、葬儀をどちらで執り行うかで決まるようですが、仏式で言う宗派や戒名、檀家制度はなく、日本民族として八紘一宇(はっこういちう)の大切な一霊魂を祖神として平等に崇め奉ります。

人はいずれ亡くなれば、その姿は見えなくなり、幽冥(かくりよ)という見えない世界に帰幽すなわち帰ります。神道では、その御霊を「命みこと」としてお祀り申し上げ、御霊祭を重ねることで、常世の国へ御霊を誘い、家の護り神といたします。

神道では古くから四つの世界があるとされている。第一の世界は高天原であり、第二の世界は豊葦原中つ国、第三の世界は黄泉国、第四が常世である。

この常世の国は神光に満ち溢れた処で、御霊達は永遠に此処に住み給うのである。第三の世界、黄泉国は古事記神代の巻きによれば、イザナミノミコトが赴き給うた「災禍」と「穢れ」の世界と想像できる。

第二の豊葦原中つ国を現世だと考えるならば、生前私達は肉体の穢れのみでなく、無意識な心に数多くの罪穢れを犯して生きた過去がある。亡くなれば、その霊魂は先ず穢れに満ちた黄泉国に行くのであろう。

しかし、その穢れは祭りによって浄化され、荒魂に属する魂魄のみを黄泉国に残して、幸魂奇魂によって徐々に死者の「御霊」は常世の国で甦る。残された子孫、親族が鎮魂の霊祭りを絶やさぬことが死者の霊を永遠に高めるのだという。

御霊(魂)の行方

この現し世(心を写す世)から常世は見ることができませんが、常世からは現し世を観ることができます。亡くなられた故人の魂は、家族や子孫の心の世界で同居されているのです。神さまへの祈りや御霊祭りは、生きてる者の使命であり、その心の道は一筋の光明としてご先祖様への救いになっています。

人はいずれ、帰幽され見えない幽冥に還るわけですが、生前の功徳の積み重ねはとても大切なことです。亡くなって、肉体という形無き有様では、拝み祈ることすらままならない、何百年何千年という長い歳月を必要とします。

 

御霊と共に人生を送り、皆様方に内在されている命(みこと)に感謝と祈りを忘れずに人生を楽しませていただきましょう。

                        〜季刊誌「青人草」より

神葬祭

         通夜祭祭壇

     自宅告別葬祭壇

                   会館告別葬祭壇

                     


通夜(遷霊)祭次第

一、修 祓(霊璽、仮御霊舎)

一、斎主一拝

一、献 饌

一、奉 幣

一、通夜祭詞奏上

一、玉串拝礼(斎主、喪主、親族)

   斎主玉串拝礼は唱詞奏上

ーーーー 奏楽 ーーーー

一、遷霊の儀

  ◆霊璽の覆いを徹し表を棺に向ける

  ◆遷霊の詞奏上

 (神依板を用いて神霊を招請・・この間灯火を消し警蹕)

  ◆霊璽の向きを元に復し、仮御霊舎に奉遷

 (この間警蹕、灯火)

一、遷霊祭詞奏上、霊魂安定要旨祝詞奏上

 (仮御霊舎前にて)

一、玉串拝礼(斎主、喪主、親族)

一、撤 饌

一、斎主一拝

葬場(告別)祭次第

一、弔電披露

一、斎主外着座

一、修 祓

一、斎主一拝

一、献 饌

一、奉 幣

一、祭詞奏上

一、弔 辞

一、斎主玉串拝礼

一、喪主及び代表玉串拝礼

一、親族玉串拝礼

一、喪主挨拶

一、一般会葬者玉串拝礼

一、斎主一拝

一、神職退出